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第24回オリンピック冬季競技大会(2022/北京)開催中!


今、中国にて開催中の冬季北京オリンピック(2022)が世間を賑わせています。

幻想的な開会式の演出や日本人選手の奮闘など、既に名シーン盛り沢山の大会となっていますね!

オリンピックの主役はもちろんアスリートの方々ですが、冬季オリンピックには技術者と自然との戦いという裏の奮闘が存在します。

本来、冬季オリンピックに行われる多くのウィンタースポーツの数々は自然下の氷雪を利用した競技から始まったもの。自然とは往々にして人のコントロールではままならないですが、真にアスリートの腕を公正に発揮できるステージを用意するには本来絶えず変化していくはずの氷雪のコンディションを一定に保たなくてはなりません。

2022年冬季北京オリンピックは、ほぼ100%人工雪を用いて設営された世界発のオリンピックとなっており、そのメリットとデメリット、安全面の課題など、初の試みとあって製氷技術の観点においても注目される大会と言えます。

それでは2022年冬季オリンピックから、過去の日本における開催も含め、オリンピックに用いられてきた製氷技術の数々をご紹介しましょう。

驚きの中国「創雪」技術!


ケッペンの気候区分と呼ばれる、降雨量と植生に着目した気候の分類において、北京の気候ついては「ステップ気候」、 夜と昼の寒暖差の激しい乾燥帯で、ステップと呼ばれる丈の短い草原が広がる地域に分類されています。

いわゆる、寒冷地とされる寒帯、亜寒帯ではないので(※注1)、ウィンタースポーツを行えるほどの、冬の降雪は期待できないと、コンペの段階では北京が開催地に立候補したことに対し、疑問を呈した批評家もいました。

そこで中国が駆使したのがジオエンジニアリング(気象工学)と人工雪の技術です。

人工の雪は、雪の結晶の成長過程観察のため日本で初めて作成され、その技術はアメリカに渡ってからはゲレンデに大量の雪を降らせるための研究開発となりました。

冬季オリンピックで最初に用いられたのは第13回オリンピック冬季競技大会(1980/レークプラシッド)のことで、奇しくもこれは中国が史上初めて冬季オリンピックに参加した大会でした。そして2022年の冬季北京オリンピックでは、120万立方メートルの範囲に人工雪が使われた、まさに氷雪技術の賜物といって過言ではない大会となっています。

そして何よりも話題となったのが、雲に対する55発もの「ミサイル攻撃」により、人工的に1㎝の積雪を会場周囲に発生させたことです。

日本では絶対に許可が下りなそうな、豪快すぎる気象工学プランは大いに話題を呼びましたが、そもそもなぜ雲に対してミサイル 攻撃を行うことで雪を降らせることが可能なのでしょうか?

・このような流れで雲へのミサイル攻撃が雪を降らす

これはミサイルにて打ち上げた「氷結剤」とされるヨウ化銀(Ⅰ)による効果で、ヨウ化銀(Ⅰ)とは人工の氷結剤の中では最も強力なもので 、その結晶構造は氷(Ⅰ)、すなわち普通の条件で成長した氷の結晶によく似た格子状の構造を持っており、このヨウ化銀(Ⅰ)の構造を核として氷結を起こりやすくします。

ちなみにこのヨウ化銀(Ⅰ)は過剰摂取しなければ無毒といって過言ではなく、かつては写真の現像に、現在でも放射性ヨウ素の除染などに使われていますが、通常環境中に多く存在する物資という訳でもないので、中長期的には予測不能な生態系への影響が起きるのでは、と懸念する声を受けて、このような手法には慎重な国が多いです。

なお中国はジオエンジニアリングに対して積極的な実験、施策を行っている国であり、2025年までは国土の60%において同様の手法を用いて干ばつなどに対抗していくため、ドローンによる大規模な氷結剤の散布を計画しています。(温暖な環境においては人工降雪は融けて雨となります。)

人工的に雪を降らせて大会を行うのはエコ的な視点からの批判もかなりありますが、気候変動に伴う世界的な温暖化が止められない現状を鑑みれば、こうした方法での設営は今後冬季オリンピックでのスタンダードになっていく可能性もあり、その長短の検証に注目が集まっています。

札幌オリンピックと長野オリンピックの氷


さて、日本における冬季オリンピックには、実は地道な製氷技術の思考錯誤がありました。

アジア初の冬季オリンピックとなった1972年札幌での第11回冬季オリンピックは歴史的な意義も大きく、その大会を成功へと導くために、前年の1971年には本番さながらのリハーサルとして、プレ・オリンピックも行われました。

しかし、これに参加した各国のスケート選手たちからは、札幌オリンピックに使われる予定のリンクの氷が滑りにくいという批判が寄せられたのです。

この原因を調べたところ、水道水中の不純物、パイプの塗料、煤煙など様々な原因による不純物がリンクの氷に含まれていたことが判りました。

そこで、オリンピック本番では理想的な純氷を作るために、不純物を取り除かれた脱イオン水が用いられ、また、泡を含まない透明な氷とするために、リンク全体の氷の成長速度は毎時二ミリメートル以下に抑えられました。

しかし、これだけの良質な氷でスケートリンクを作ったのにも関わらず、本大会では期待されていたスピード・スケートの世界新記録までは出ませんでした。

しかし、本大会での経験の蓄積が、後の1998年長野での第18回冬季オリンピックにおける世界新記録に繋がっていきます。

・独特な外観で知られるエムウェーブ、現在では競技やライブだけでなく毎年「氷の彫刻展」も行われ親しまれている。

(Wikipediaより引用)

第18回冬季オリンピックに向けて長野県長野市では、エムウェーブ、ビックハット、ホワイト・リングなどの名のスケートリンク会場が次々建設され、それぞれの競技に適切な氷を造ることが可能となっていました。

使用する水は全てイオン交換樹脂で精製され、氷の成長速度は精密な冷凍機技術によって制御されていました。

この氷への工夫は目を見張るもので、競技ごとに氷の結晶の大きさレベルにまで調整が加えられました。どの競技でも気泡を含まない透明な多結晶氷が用いられましたが、多結晶氷を形成する単結晶の粒の大きさは会場ごとに違ったりしました。

例えばスピードスケートの会場であるエムウェーブでの氷は平均的な単結晶の粒の大きさが2.5ミリメートルであったのに対し、アイスホッケーが行われるビックハットでの平均的な単結晶の粒の大きさは1.4ミリメートルでした。

スケートリンクがより大きな単結晶から構成されたリンクなのに対して、アイスホッケーのリンクの単結晶が小さいのは、単結晶の粒が小さい方が氷の強度が増し、激しい競技には適していると考えられたからです。

しかし氷の強度や硬さは、単結晶の大きさよりも温度にとって大きく変わるため、アイスホッケーのような激しい競技のときは氷の硬さを保つため、氷の温度を少し低めのマイナス7℃付近に、逆にスピードスケートやフィギュアスケートのように氷があまり硬くない方が良い場合は、氷の温度はマイナス5℃近辺に保たれました。

・1998年の長野オリンピック記念切手。エンブレムの愛称は「スノーフラワー」。

雪上の高山植物と雪の結晶をモチーフとした六弁の花のデザイン。4匹のマスコットキャラクターは

「スノーレッツ」といい、「Snow」と「Let‛s」 、そして「Owl’ets(フクロウの子)」をかけた名前。

このような緻密な工夫により、1998年長野の第18回冬季オリンピックでは数多くの世界新記録やオリンピック記録が生み出されました。

この大会の大成功はアスリートたちだけによるものではなく、長野県で旅館を経営していた五味博一氏という氷造りの名人や、現北海道大学名誉教授で長年氷の研究をなさっている前野 紀一氏など、数々の技術者たちの献身的な努力により実現したものでした。

オリンピックは「裏側」に注目するのも面白い!


オリンピックとは勿論その本質はスポーツ大会ということであり、アスリートが一番の主役でしょう。しかし、煌びやかな開会式及び閉会式の演出や、整えられた会場のコンディションの実現の裏にも、アスリート並みの努力と意気込みで仕事をこなすプロたちがいます。

普段なかなか注目されない、オリンピックの競技の裏にある奮闘に目を向けてみると、そこにはアスリートたちの戦いとはまた違ったドラマを伺い知ることができるかもしれませんね。

※注1…かつては亜寒帯冬季少雨気候に区分されていた頃もあった。

参考:前野紀一.氷の科学.北海道大学図書刊行会.2004.p,45-50.